子どもの進学で期限が延びたW不倫—新しい節目まで待つかを決める前に
一つの節目が終わるたびに別の節目へ移っていくなら、二人の共通の期限は成立していません。相手の家庭に預けた期限を、自分の生活の側から決め直す手順を整理します。
「下の子が進学したら」。そう言われたとき、多くの方はまず納得します。子どもの節目は動かせないものですし、そこを外して話を進めてほしいとも思わないからです。
けれども、その節目に近づいたころ、また別の節目が現れる。それが二度、三度と続くと、納得と疲れが同時に積もっていきます。不公平だと感じる自分を責めてしまう方もいます。
この記事は、待つのをやめるべきだと言うためのものではありません。いま起きているのが「期限が延びた」ことなのか「共通の期限がもともと無い」ことなのかを見分け、自分の側の期限を決め直すためのものです。
相手の家庭に答えを預けた問いは、手元では決まらない
節目が延びたとき、最初に浮かぶのは「あと何年待てばいいのか」という問いです。ただ、この問いは相手の家庭の事情に答えを預けたままなので、いくら考えても手元では決まりません。
先に確かめたいのは、二人のあいだに共通の期限がそもそも成立しているのかどうかです。ここが決まると、待つ・待たないの判断より前に、自分の側で動かせる部分が見えてきます。
この記事でわかること
- 節目が更新されていくときに起きていること
- 二つの家庭で、節目がそろわない理由
- 共通の期限が成立しているかどうかの見分け方
- 自分側の期限を、自分の生活から決め直す手順
「あと少し」が更新されていく流れ
最初の節目を聞いたときは、終わりが見えたように感じます。区切りがあると分かるだけで、待つことが少し楽になることもあります。
ところが、その日が近づくころに新しい事情が加わります。進学、受験、部活動、進路の相談。どれも実際に起きていることなので、否定のしようがありません。
否定できないぶん、行き場のない感情が自分の内側に残ります。疲れているのに、疲れている理由を口に出しにくい。この状態が続くと、感じていること自体を間違いのように扱ってしまいます。
終わりの日が見えたことで、待つことに意味が生まれます。この時期は、待つ側の負担が最も軽くなります。
新しい事情が加わり、区切りが後ろへ動きます。事情そのものは本当のことなので、反論の言葉が見つかりません。
納得と疲れが同時に積もります。不公平だと感じる一方で、感じてはいけない気もして、口に出せなくなります。
二つの家庭で、節目はそろわない

子どもの年齢が離れている場合、二つの家庭の節目はそろいにくくなります。片方が手を離れる時期に、もう片方はいちばん手がかかる時期にいる、ということが起こります。
先に軽くなった側から見えるもの
先に育児の負担が軽くなった側は、動ける時間が増えます。すると、動けるのに進まない状態が生まれ、待っているという感覚が強くなります。
一方で、まだ手がかかる側には次の節目が実際に控えています。どちらかが引き延ばしているとは限らず、二つの時計が別々に動いているだけ、という見方もできます。この違いを構造として見ておくと、責め合いにならずにすみます。
その家庭では時間の自由度が上がります。動ける側になるぶん、待っている感覚が強く出やすくなります。
その家庭では、進学や進路のたびに新しい予定が生まれます。節目は一つで終わらず、続いていきます。
節目の段階はそろわなくても、別々の事情が同じ時期に重なることはあります。同じ時期に予定が立ち上がると、話し合える時間そのものが取りにくくなり、判断が先送りになりやすくなります。
共通の期限が、本当にあるのかを見る
期限があるように見えて、実際には無いことがあります。「その時期になったら考える」という言い方は、時期を示していても、そこで何をするかは示していないからです。
共通の期限と呼べるのは、いつ・何を・誰が決めるのかまで二人でそろっている場合です。時期だけがあって中身が無い状態は、期限ではなく順延の合図になっていることがあります。
確かめるのは、相手ではなく言葉の中身
これは相手を疑うための見分けではありません。同じ言葉を別の意味で受け取ったまま何年も過ぎることを防ぐための、確認の作業です。
実際、待つ側は「その時期に一緒になる」と受け取り、話した側は「その時期にあらためて話す」と考えていた、ということが起こります。どちらも嘘をついていません。言葉の中身をそろえていなかっただけです。
確認できる事実
- 節目の時期について、実際に交わした言葉の内容
- その時期に何をするのかまで、話に出たことがあるか
- これまでに動いた節目の回数と、そのときの説明
推測しないこと
- 延期が続いているのは、こちらへの気持ちが薄れたからだということ
- 次の節目こそ動くはずだ、ということ
自分側の期限は、自分の生活から決められる
相手の家庭の節目は動きます。動くものを基準にすると、期限は何度でも後ろへずれていきます。だから、基準を自分の生活の側に置き直します。
決めるのは別れる日ではなく、見直す日
自分側の期限といっても、関係を終える日を決める話ではありません。決めるのは、この関係の続け方を自分で見直す日です。見直した結果、続けるという結論になっても構いません。
見直す日を先に置いておくと、待っている時間が「宙に浮いた時間」ではなくなります。次に考える日が決まっているというだけで、それまでの日々を自分の予定で埋め戻せます。
自分側の期限を決めるために、自分について確かめること
- この一年で、自分の生活のうち何を後回しにしてきたか
- 次に見直す日を、いつに置くか
- その日までに、自分のためにしておきたいことは何か
- 節目がまた動いたとき、自分はどこまでなら受け止められるか
期限の話を、相手と対立させずに伝える

自分側の期限を伝えるとき、相手の家庭の事情を評価する必要はありません。事情のほうは動かせないものとして置いたまま、自分の予定として話すことができます。
「いつまで待てばいいの」と聞くと、相手は答えを出せないまま黙ることが多くなります。答えを求める形より、自分の予定を知らせる形のほうが、会話が続きやすくなります。
その場で相手が返事をしなくても構いません。伝えた時点で、期限が二人のあいだに置かれたことになります。返事の有無で見直す日を動かさない、と先に決めておくと揺れずにすみます。
進学のことは分かってる。そこを急かすつもりはないよ。
そのうえで、私は自分の予定を来年の春に一度見直そうと思ってる。
……そうか。それまでに、こちらも話せるようにしておく。
相手の家庭の事情を評価せず、自分の予定として伝えています。答えを迫らない形にしています。それでも相手が黙ることはあります。
待ってきた時間は、無かったことにならない
何度も延びたと分かったとき、これまで待っていた自分を責めたくなることがあります。どうして気づかなかったのだろう、と。
けれども、節目を尊重してきたことは、相手の家庭を軽く扱わないという選び方でもありました。判断が変わることと、これまでの時間が間違いだったこととは別のことです。

ルナのひとこと
何度も延びたと気づいた日って、待っていた自分まで責めたくなるよね。でも、節目を大事にしてきたのはあなたの誠実さだよ。ここから決め方を変えるだけで、これまでが間違いだったわけじゃないからね。
基準を自分の生活へ戻して、次に見直す日を決めておく
一つの節目が終わるたびに別の節目へ移っていくなら、二人の共通の期限は成立していません。これは相手の誠実さの問題とは限りません。二つの家庭の時計が別々に動いているために起きていることもあります。
動くものを基準にし続けると、待つ時間だけが伸びていきます。基準を自分の生活へ戻し、次に見直す日を決める。それだけで、待つ時間の意味は変わります。
ひとことまとめ
節目が移り続けるなら共通の期限は無く、期限は自分の生活の側からもう一度置き直せます。
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